昭和五七年一月二六日 朝の御理解
x御理解 「病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸替えをするに八九 分替えて退屈して止めれば掃除は出来ぬ。それで天張り水は濁って居る様なもので、 信心も途中で止めれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根 の切れるまで、一心に壮健で繁昌するよう元気な心で信心せよ」
今日の御理解を実証出けておるのは私の、大坪一家を見てもらうのが一番いいと思うんです。信心は長いのです。私の婆の時代からですから、兎に角、あらたかなおかげが頂けれる神様としてまあ、信心を続けてまいっております。私共が生まれてからこの方の事でもう、本当にない命を何回も助けてもらう、そんな災難、難儀という様な事からお守りを頂いたといった様な事は、もう本当に、私共が子供の時から聞いてきておるだけでも不思議な神様だなあこの神様は、と子供心に思うくらいにやはりおかげを頂いておりますですね。
私が北支、北京の方から引き揚げてまいりました、勿論、終戦後でしたがその辺になって、これは私自身が気付きだしたのは、これは私自身が、なら、まあいうなら、何もかにもあちらへ残して帰って来なければならないという様な時に、立ち至った時に、こう気付かせて頂いたのが、今までの信心ではいけん、という事であった。ただおかげ信心ではだめだ、という事であった。そこから、いわゆる真の信心に目覚めた様に思うのです、ね。
と同時に神様も又、そういう構えで私又、私一家の上に現れて下さった様に思うです、ね。あれほどの信心がでけて、あれほどの一家中あげて信心しよんなはっとにどうしてああして次々と難儀な事が起こるであろうか、と言われ、又私共も思う程であったけれども、やはり信心を止めるという事が出来なくて、いうならば、ま、泣き泣きおすがりさせてもらっているうちにです、ね、これはどうでもおかげを頂かなければならんという様なところから、ま、今までとは構えが違ったおかげを頂かなければならん為の信心から、まあいうなら、やれ痛や、今霊験をという心の状態が少しづつ開けてきた様に思うです。
もう、それこそ難儀困迫の時代に私の母が、いつもお知らせを頂いておりましたが、もう、それこそ、もうびっくりする様なお夢ばっかり頂いてました。もう沢山なあの、zrお魚を私と母でとっておる。例えばお夢やら、又、あるお正月の時などはもう、それこそ大きな、ま、宝船の様な船が大坪の家にこう、ずうっと入って来る所を、それを私が引き、子供たち家族の者が後押しをして家ン中に押し入れようとこうしておる。それにまだ、勝彦(若先生)が小さい時でしたが、船の上で、その、船にあがってから、ガンバレ、ガンバレと言うておる所、そういう様なお知らせを頂いてま、心が大きうなったり、明るうなったりするから、といって、すぐそういうおかげになったわけではないようです。
又、zrある時に母が装束を着けて、先生方が着けられる装束を着けて田植えをしておるお知らせを頂いた。今から考えてみると、ひとつひとつがそれが段々実を結んで来たんだなあと。ある時には母が、あの、もうそれこそ、もう象の様に大きな牛と言ってましたが、象の様に大きな牛をこう家から引張出そうとしておる。私がそいで、あのう、後から小倉の初代桂先生が押して家から出して下さった、という様なお知らせを母が頂いた事がございました。もうひとつひとつがです、それが本当に今日のおかげを頂く事の為の基礎が、あの時分にでけておったんだな、というふうに思うのです。
ですからどうしても最後の、あの、ま、御理解を頂きますと、病気災難は根の切れるまで、ね。井戸は清水になるまで、ね。そこん所をひとつ辛抱をし貫く信心をしなければ、ただ、信心しておれば……繁昌のおかげになったり病気災難が切れるという事ではない。いわゆる昨日から頂きます様に、どんな場合であっても、今これが合楽の場合は非常に、こう、まあ筋道たって合楽理念説かれるわけですね。信心しとってもいろんな事が起こるけども、その受方そのものが構え。なぜこの様にして受けねばならんか、いわゆる究極は神愛だよ、それは。だから有難く受ける以外ないよ、と。
様々な、いうならば昨日もね、あの、津矢崎教会の松村先生がお夢を頂かれた。そして八日の日の福引きを夫婦の方が頂かれて、その三っつをこうやって合わせる。私は、あのう、いつも思うんですけども、合楽の場合、この様に神様が、それこそ、も、噛んで含める様に手を取る様にして、こう教えて下さるのであるから、もうその気になれば誰でも、よし今年は本気で、例えば、なら松村先生達ご夫婦がですよ、ね、ね、お前はもういよいよ天の心にね、私はもう兎に角、まあ実験実証の年だ、と、ね。頂きますという心あらばあたる事なし、というのがあちらの教会長先生の頂かれたのであるから、本当に、当たるか当たらんかどげなこってもひとつ本気で受けよう、という気になって実証さして頂く稽古するから。
お前ひとつ限り無く美しい、いうなら天の心無条件の、いうなら愛の心を持って夫婦やって、ね。そしてお前がお夢の中で頂いておる○○野球選手が、の鍛える為に受ける稽古が(死のノック)限り無く続けられる、といった様なお夢を頂いて、この三っつを、ね、例えば守られたら、又、神様がその様にして、まあ噛んで含める様にして教えて下さるのだから、本気でそれを行じようという気にならなければ駄目です。これは皆さんに一人一人に、なら私、合楽の場合は必ずそういう働きはあっておる、と思うんです、ね。ですから、私共の様に何十年、何が何やらわからんけれども本当の信心を求め、手探りの信心で一生懸命の、そして信心しても信心しても不幸な事、難儀な事が起こって来たという、ね。わけはわからんなりに、只、辛抱しぬいただけでしたけども、もし、私共が、今の、今日の合楽理念の信心といった様なものが、わかっておったらもっと鮮やかな受方がでけたであろう、と思うんです。ただ、もう苦しまぎれに、まあ受けて信心を止める事も出来ずに、まあ貫いた、という事だけは貫いたんですけれども、その合間、合間には、さあ頑張れよ、さあ頑張れよといわんばかりに、母を通して色んなお知らせを下さった時代、だから、お知らせ下さったから、すぐそれが実現した、という事ではないという事。何十年もしてようやく、なら、今日の合楽のおかげというものはね。それこそ病気災難は根の切れるまで、いうなら繁昌する様願えという、この繁昌する一途のおかげを頂いておるのが、今日の合楽であるし、だからここで皆さんが信心の稽古をなさるのは、そういう生手本というものを目の当りにして、信心の稽古をなさるのだから、ね。本当に稽古がしよい、と思うんです。ですから、どういう場合であっても、ほう、そんなら金光様の御信心すりゃ、まあ一辺な、やっぱ、そげな所ば通らなんじゃろか、という様なふうな面はいらんです。今、合楽理念をもってするならば、例えそういう時であっても嬉しゅう楽しゅう生きられる手立てを教えられるのですから、ね。それだけではありません。なら、病気災難の根が切れるという事は、難儀に出会わなければ、というのじゃないです。これは昨日福岡の伊藤さんが、お夢を頂かれたそうですが、まあ簡単にわかり易く言うと、御自分が総絞りの見事な着物を着ておられる。そして、まあ、細かい所が描写が、色々ありますけれども、夢の中で美空ひばりが出てまいりましたり、お芝居をしておる所であったり、いわば天地との交流の手立てというものを、もう微に入り細にわたって、その、教えられている所を頂かれたというのです。自分が総絞り、例えばどういう様な事があってもね。その、ま、天地との交流のあっておる時、いうならば合楽でいわれる天地のリズムに乗っての生き方、ですから受ける事も受けよい、進む事も進み良い、という事になるわけです。普通、越えられない様な所でも、ね、いうならばリズムに乗って越えて行けれる、という、ま、詳しいお夢でありました。それから私は思わせて頂いて、今日の御理解頂いて思うのですけれども、私共が、なら、それこそ象の様に大きな牛のお知らせといやぁ、家のめぐりと言われるけれども、その、家のめぐりが様々な難儀を作っておるのですから、そのおかげで一生懸命信心が出来ました。出来ましたおかげで、なら、これは私共一家の力でなくて、なら小倉の初代が、いうなら、その、大きな、まあ、牛の、家のめぐりを、こう外に出して下さるまでの様々な働きを受けておるのですけれども、その時分に気が付かなかった事なんですけど、これは、私は昨日伊藤さんが頂いておられる、天地への還元です、ね。それこそ自分の身は総絞り、自分の身は、例えば、んなら、伊藤さんの信心は例えば、この御造営が始まった時からですから、もう三、四年になりましょうか、ね。御自分の、例えば、自分で求めるとか買うとかという事は一切しない、化粧一品買わん、といった様な生き方です。いわゆる身を絞るしこ絞れる、という。そこには、何とも言えんお繰り合わせを頂いて、その間にあの様な立派な御普請がでけたり、様々なおかげが成就していっておるわけですけれども、ね。いうならば天地に対する還元、これはだから「天の心」松村先生が頂いておられる、いわゆる無条件に奉仕する、無条件に限り無い美しい心にならせてもろうて、我情を取り我欲をを取る、という様な生き方を、合楽理念に基づいてするならば、それこそ楽しゅう嬉しゅう天地との交流をさせて頂きながらです、ね、おかげの頂けていけれる道だという事がわかります。同時に、なら御主人、松村先生が頂いておられる様にです、本気での、いうなら、受ける構えを作って、その受ける事もです、どんな場合であっても、ドッコイとこう受けるというか、有難く尊く受けて行くというか、その受方が、その今言う、天地のリズムに乗ってですから普通では耐えられない、普通では越えられない所も、いうなら、楽しゅう有り難う越えれる手立てが合楽理念なんです、ね。私は、ま、様々なとこを通らせて頂いて、今、合楽では、いうならば表行全廃といった様な、これはもう、いよいよ確信的な、というか、本当の教祖様のお心をお心とした信心です。先日も、ある偉い先生がお見えになられて、合楽のその、表行全廃の話を聞かれて、皆同じ様な事を言われると思うんですけれども、「そうですなあ、どうしても表行にやっぱり、その、心行が伴わなければいけませんなあ、」って言われるんです。私共もそう感じてきたんです。表行と言うて、それこそ火の行、水の行をするという、で、やっぱおかげを受けますよ。霊験が現れますよ。けども、それだけではいかん、と今までの金光教言うて来たんです。偉い先生は皆それを言うです。その表行に心行が伴わなければいけませんもんなあ、と実はそうじゃないです。表行は全廃しなきゃダメなんです、ね。ただ有難い行に心行、信行、家行の行という様な行に、いわば切り替えて行く手立てという事が、ま、合楽では説かれるわけですけれども。そういうふうに、例えば、その、通るとこ通らな、艱難辛苦しなければ、というのじゃなくてです、ね、いうならば、いよいよ家が繁昌して行く。病気災難の根の切れる手立てというものが、いうなら昨日の御理解ですかね、朝の御理解で、いうなら先取り的なおかげです、ね、を、頂くには、いわゆる松村先生が頂いておられる天の心で行くという事と、いうなら、受けて受けて受け抜く稽古、これは、だから奥さんは天の心、御主人は地の心という事になりますよね。受ける稽古をするというのだから、ね。この稽古させて頂く限り私は、ね、例えばどういう事があっても、ま、やれ痛や今霊験を、という有難い越えられない所が越えられる。それこそ、楽しゅう越えて行けれる生き方、それには、福岡の伊藤さんじゃないけれども、構えを作らなければ苦しいです。構えを作らなきゃ、ね。思い切った、いうなら美しい天の心、無条件に奉仕する心といった様なものは生まれて来ないです。自分の全身全霊を総絞りにかける様な生き方は生まれて来ないです、ね。そういう、ね、あのう、生き方を合楽では学ばせて頂きながら、病気災難は根の切れるまで、一心に壮健で繁昌するように願え、と。ただ、その、壮健で繁昌する様に願えで、そこの所を願うだけじゃいかん。今日皆さんに聞いて頂いた様な所の内容として、壮健で繁昌する様に願わせて頂く様な信心が、いよいよ身について来なきゃならんと思うですね。どうぞ。